【エッセイ】シャンソン|シャンソン歌手宇佐美一生、モデル、司会もやっています。

宇佐美一生研究所
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シャンソン

テレビでフィギィアスケートのNHK杯を見ていたら、ある男性スケータ―が滑り始めた時、聞いた事のある曲が流れて来た。
なんだっけ・・と、物忘れのひどくなった頭を回転さす。
今日は直ぐ出てきた。
シャンソンの「バラ色の人生」だ。
へえ・・と思いながら見ていた。

私はTVで、必ずスポーツ中継番組を見る。
アスリートが好きなのである。
順番をつけて競争すると言うのが好きなのである。
一番になれれば嬉しくそれでいいが、それ以上に好きなのが、画面に一番になれなかった子が、肩を落として打ちひしがれしょげてると、もう好きで好きでたまらなくなる。
そんな時いつもこう思う。
「ざまあ見ろ、世の中そんなに甘くない・・」
もう一方で「頑張れ・・大丈夫だ。今度は、次は、頑張れ・・大丈夫だ」と、テレビに向かって泣きながら声を掛け、手を合わせる。
愛しくて拝むのである。

野球はあまり見ないが、テニス、サッカー、ゴルフ、水泳、卓球、ラグビー、アメリカンフットボール、あまりテレビでもやらないがフェンシング、それからまだまだある、陸上競技、バレーボール、マラソン、自転車競技、スキー・・、ローザンヌ国際バレエコンクール、時にはNHK芸能百選の踊りから長唄、鼓まで見ている。
要するに世界選手権、オリンピックに出てくる競技は全て見るのである。

私はシャンソンを歌っている。
月に何回か人前で歌い、その気になっている。
こうしてスケートを滑る時の音楽に使われると言うことは、メジャーかというとそうでもないのである。
もはやシャンソンもハワイアンや、興味の無い人にはクラッシックもオペラと同じように「何それ?」なのである。
私はシャンソンは好きで、十代の頃から大人の人に連れられてコンサートへ行き、LPレコードを聞いていた。
ひょんなことから、約十年前からシャンソンを習い歌うようになった。
習い始めて、ビックリした事がある。
なんと、年中、毎日どこかで歌ってるのである。
私はせいぜい一年の内に、秋に、好きな人が集まって、2・3日やってるんだろう・・ぐらいに思っていた。
プロらしき人もいて、面白いことに一番多いのが素人のおばちゃん達。
2・3曲人前で歌詞も見ないで歌えるようになると、われ先に歌いたがるのである。
親戚に来てもらい、一緒に習っているおばちゃん同士が、「貴女のに行くから私のにも来て」と金魚のウンチ宜しく引っ付きあって、行きっこ・・。
赤や黄色や青のドレスを着て、結婚式で20代の娘が来たおさがりのドレスを引きずったり、塊のような体にドレスを詰め込んで・・。
似合うと思ってるのか、まだ行けると思っているのか、首の皺も気にもせず、腕のぶらんぶらんした だぶ肉も忘れて、ワンショルダーや肩ひものドレスを着たがるのである。
うっかりすると、あのぶら下がってるのは何だ。
よく見るとリボンなのだ。
あの白いのは何だ。
それはひらひら動くフリルなのだ。
顔はと言うと、もう何十年も化粧などしたことの無い茶色い顔に、白い物を塗るのだから顔は薄ねずみ色。
袖からよったらよったらと歩いて来てマイク前に立ち、しかし本人は、オランピアかカーネギーホールの大観衆の前に立っているつもり。
気持ちだけはもうピアフに成りきっているのである。

そんな人をわんさと集めて稼いで、時には自分が出るライブのチケットを売りつけ、生計を立ててる、いわゆる先生と言う職業の人もいる。
夏の暑い日から、盆、暮れ、正月関係なく「枯葉よ〜〜」である。
それももっとビックリしたのは、その世界だけ有名なシャンソン歌手という方達が大勢いらっしゃるのである。
そういう私も今や生甲斐のようにそのシャンソンにぶら下がって生きている。

テレビのCMでピアフの歌が流れたり、このようにスポーツ番組でシャンソンが楽曲として使われたりすると、「あれ!」と思い、嬉しくなるのも確かである。
私も爺さんに成りつつあるが、今やどこのシャンソニエに行っても、民謡会場以上に着飾った婆さんと気取った爺さんが闊歩して息づいている。