【エッセイ】トイレ事件|シャンソン歌手宇佐美一生、モデル、司会もやっています。

宇佐美一生研究所
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トイレ事件

私は、それは十代の頃だと思うが、要するにあまり世の中を知らない頃、自分の中でのそう言う常識が無い頃の話である。
トイレの失敗談である。

何しろ文化に乏しく育った田舎の少年だから、見るものするもの全てが新しい。
転校する度にどこかの坊ちゃんがやってきたんだろうと思われるが、学校の検便検査でも引っかかるような衛生の悪い、ご馳走やおやつなどとは無縁の環境で育った。
顔はまあ美少年。
だが、着る物はいつもダンボールに集められたPTAからのお下がりの寄付で賄っていた。
そんな少年時代だったから仕方が無い。
まあその頃はどこも誰も、似たり寄ったりだったかも知れない。

まあこれ位にして・・、トイレの本題に戻るとする。
そんな少年が、或る日、名古屋のワシントンホテルに放り込まれた。
何故行ったのか、誰と行ったのか。
一人で風呂に入ろうと覗いたら、「うわあ・・汚い」
風呂場の中に便器がある。
今のトイレはピカピカに白く輝き、ブルーの水が流れて、匂いもしなくて、下手すれば音も無く蓋が開くのさえある。
私が育った所は、野道に肥溜めが点在し、外便所のいわゆるポットン便所。
用を足した後、よく見ると新聞紙に絡まって蛆虫が蠢いてるのが見える。
トイレは汚い所である。
そして臭くて鼻どころか目まで痛くなる。

15で下宿をしながら東京での生活が始まった。
或る日学校の帰りの新宿図書館、今の四谷区民ホールの前地である。
本を読み、用を足しにトイレに入る。
さて水を流そうとレバーを探すが、無い。無い。
右往左往するがどこにも無い。
自分の計り知れる所には見当たらない。
私は今でもそうだが、こういう時はまず疑るのである。
「なんだよう全く、トイレの水を流すレバーを、この水道屋は取り付け忘れやがって・・」ブツブツ言う。
そんな事は無いのである。

私は、何かが見当たらない、何かを無くした時はいつも、「すわっ、盗られた」「誰が持っていったんだ」と思う癖がある。
そして暫らくするとあらぬ所から出てくるのがいつもである。

この時はどうしたか、ハンカチを被せて出てきた。
私は貧乏な少年だったがハンカチは好きだった。
何かお洒落な雰囲気の、ポケットから白いハンカチを取り出すと言う動作に憧れていたのだろうか。
たかが布切れ一枚、買ったか貰ったか、大事にしていたのだろう。
それを使う習慣が子供の頃から私には有ったのである。

さてどうなったか。
水を流す所は有ったのである。
あたり前と言えばあたり前だが。
ずっと後になってある時気がついたのである。
それは床上に見えないくらいに、少し浮き出て丸く、ぺったんこに程近い状態でへばり付いていた。
この類の物は、時々新しくなりすぎて困る。
手洗いの水がどこから出てくるか解からなかったり、手を拭く紙が見えなさ過ぎて、キョロキョロ探してる老人をホテルで時々見かける。
田舎から、パッツンパッツンの一張羅の礼服を来て、御めかしして結婚式に来たおじちゃん達である。
でも決して私の様にブツブツ人のせいにはしない。

コカコーラのモデルの撮影で、ディズニーランド傍のホテルでの事。
室内での撮影の時、待ち時間にトイレに入った。
用を足して水を流したら、お尻の辺りの変な所に水が当たった。
ビックリして飛び上がった。
水が噴水のようで飛び散る。
あせる。
手で押さえる。
顔に掛かる。
何だこりゃあ・・。
色んな所を押し捲る。
なかなか止まない。止まらない。
やっとの思いで止まったら、床は水浸し。
まだ、ビデやウォシュレットが珍しく、出始めの頃の話である。

床を水浸しといえば、シドニーのホテルの床を水浸しにした事が有った。
部屋で風呂場の蛇口を開けたまま、電話に夢中になっていて、なんか変。
絨毯が濡れている。
辿って行くと水に浸かっている。
それはドアの外まで行き廊下まで続いていた。
トヨタのカムリのCM撮影で、初めての海外ロケの出来事であった。
丁重にホテルサイドが部屋を替わって用意してくれたが、あれはクレームだろう。電通が支払ったのか・・。
あまり怒られなかった所を見ると、確かあの時ホテルマンが言っていた、建てたばかりのホテルでバスタブの配管が小さすぎ詰まったのだろう・・か。

トイレ イコール水絡みである。
私は島で生まれた。
南の島 種子島。
海に囲まれ、いつも暮らしの中に、傍には水が流れていた。
水の音が好きだ。
なるべく泡(あぶく)や淀んでない方がいい。
春の小川はサラサラ行くよ、それが一番いい。
木々や泥で堰き止められたら取ってやる。